代議員への就任
私が弁護士登録をしたのは平成7年ですが、おそらく平成11年ころに、日本弁護士国民年金基金の代議員に就任しました。
そしてその年に東京で代議員会に出席したと思うのですが、出席してびっくりです。私は47期なのですが、当時の理事・代議員の先生方は、20期代か30期代前半の先生方がほとんどで、30期代後半の先生はほとんどおられなかったと記憶しています。当時の私から見れば、ベテランの先生方は貫禄のある方ばかりです。そこへぽつんと47期の若造が参加したわけで、名簿を見ながらさすがに間違ったと思いました。
なぜ、そのような若造が代議員になったかというと、若手を加入させるために若手が勧誘した方がよいだろうという考えもあったみたいですが、よくわかりません。通常は地元単位会の副会長経験者くらいの弁護士が代議員になりますので、他の先生から「副会長をされたのはいつですか?」と質問されることもあり、異例の人事だったことを説明するのに一苦労したこともありました。異例であることを知ったのは就任後ですから。
20年間の経験
代議員の任期は、たとえば2期(6年)などと限定している弁護士会もあるようです。しかし、広島弁護士会の場合、そのような明確な決まりはなく、60歳までは勤めるのが慣例でした。
とは言っても、それでは私の場合は長すぎますので、後継者を探して10年くらいで退任すべきだったのかもしれませんが、いつも気がつけば任期満了の直前で、地元の理事者から再任を要請され、結局20年がたちました(同じような経緯で日弁連の委員会の副委員長も10年以上継続し、今年は退任しようとしたのですが失敗し2年伸びました。これも性格でしょうか。)。
このような経緯で、これまで約20年間代議員をさせていただき、ここ数年は理事もさせていただいたため、様々な経験をさせていただき、様々な先生方と交流させていただきました。
私が代議員に就任した当時あるいはその直前は、景気がよく、信託銀行などは毎年大幅に資産を増加させていました。その後景気が悪くなり、回復しかけたと思ったらリーマンショックでまた景気が悪くなったといった経緯は、みなさんもご存知であると思われます。現在はまあまあでしょうか。
平成14年には、広島で理事会・代議員会を行い、懇親会の2次会はオールディーズの生演奏があるディスコ会場をご案内したのですが、貫禄のある大先輩の方々に大受けで、みなさん激しく踊っておられたのが印象的でした。
このように、毎年の理事会・代議員会の際には、様々な先生方と楽しく交流させていただきました。日弁連へ出張したときなど、過去の理事・代議員の先生方とお会いすることもありますが、これも出張の楽しみです。
その後、私は平成18年には地元単位会で副会長を経験し、年齢的にも相応になり、最近の代議員は同期や私より期が下の先生方も増えてきました。また、数年前からは理事にも就任させていただきました。
ここ数年の理事会・代議員会は、私が就任したころよりは活発で、みなさんよく発言されます。また、数年前には各県に推進委員という制度もでき、勧誘も活発になってきたように思います。
私は、60歳まであと1期再任できるのですが、あまりにも長すぎるので、今期で退任しようと考えています(日弁連の委員会のように計画が失敗してしまうかもしれませんが。)。日本弁護士国民年金基金は、これからもいい方向へ向かっていくものと期待しています。といって私もまだ任期があるのでがんばります。
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