コロナ禍で気づく、備えの甘さ
滋賀弁護士会会員 西川 真美子

1 1年前のゴールデンウィークは、子どもたちに本物の富士山を見せようと思い立ち、5日間かけて静岡県を横断旅行しました。旅の途中で5月1日を迎え、時代は平成から令和へ。観光列車のヘッドマークに「令和」、居酒屋の店先メニューにも「令和乾杯セット」。旅先で出会う祝賀ムードは家で迎えるそれとは違った趣がありました。あちこちで新元号を見つけては子どもたちと盛り上がり、美しく広がる富士山の裾野の記憶とともに今でも家庭の話題に上る楽しい旅行になりました。
 それからたった1年後。この現代社会において、感染症が原因で、社会生活も経済も、そして司法までもが止まってしまうなんて、いったい誰が想像できたでしょうか。

2 2009年の新型インフルエンザ流行時と同じように、今年の2月には使い捨てマスクが店頭から一斉に姿を消しました。慌てて自宅にあるマスクを数えると60枚ほど。電車通勤兼花粉症持ちの夫が毎日使うとして、たまの会議のときに私が使うとして、これだけあればマスクが流通する頃まではなんとかもつかな、などとのんきなことを考えていましたが、4月になってもマスクは一向に店頭に並びません。これは足りないかもしれない。家に他のマスクはなかったっけ・・・そうだ!災害用持ち出し袋にマスクを入れていたはず!備えておいて良かった。ガサガサとほこりだらけの袋を物色すると、見つかったのはご丁寧にビニール袋に入れられたわずか10枚の不織布マスクでした。家族5人の避難用のマスクが、たったこれだけ?本気で備える気があるんかいなと、平常時の自分のおめでたさ加減に自分ツッコミ。もう笑うしかありません。コロナ禍のもと、最初に気づいた備えの甘さでした。

3 4月に入り、私は滋賀弁護士会の会長に就任しました。弁護士会館の事務局内で、6名の職員とともに、並べた事務机の一角を陣取って執務をします。端から見れば会長にはとても見えず、職員の一人のように溶け込んでいます。
 年度が変わってからは就任挨拶もそこそこに、弁護士会の法律相談を面談から電話相談に切り替え、委員会をウェブ会議で開催し、市民参加の行事を中止または延期するなど、会における感染対策に心を砕く毎日でした。しかし気持ちのどこかで、まだ滋賀県内の感染者が少ないことや自分の周りに感染者がいないことを過信し、感染の危険を現実のものとして受け止めていなかったのだと思います。そのため、事務局の3密状態に気づいていながらそれを解消する努力を怠ってしまいました。
 職員の一人が新型コロナウイルスに感染したことが判明し、他の職員全員と私は、保健所から濃厚接触者の判定を受け、2週間の自宅待機と健康観察を要請されました。当然、会館を閉鎖して会の業務もすべてを停止しなければならなくなりました。当時の私の頭の中は「一網打尽」この一言。交替勤務制にしていれば、閉鎖まで至らずに済んだかも。職員全員に深刻な健康不安を与えずに済んだかも。これは、今でも一番後悔している備えの甘さです。
 余談ですが、職員と私はそれぞれの居住地でPCR検査を受けました。病院の敷地内に設けられた青空検査場で、保健所の一部屋で、駐車場に停めたマイカーの中で、と自治体により検査場所と方法は様々でした。LINEグループではこのような情報交換のほか、健康観察やお取り寄せグルメ情報、オンラインでできるカードゲームなどを報告しあってトークルームは常に盛況でした。PCR検査までの不安な日々を乗り越えることができたのは、このLINEグループでの一体感に依るところがとても大きかったと思います。

4 備えの甘さの話に戻りますと、2週間の自宅待機をする間、子どもとの接触を断つことが不可能な自宅の間取りや、保冷剤とコーヒー豆に埋め尽くされ食べられるものが入っていなかった冷凍庫、ウェブ会議にストレスを感じる脆弱な通信環境など、数々の不都合に気づくことが多くありました。現実に必要になるときが来ると思わずに、何となく、手間のかからない範囲でしか備えていなかった結果、備えが役に立たず、心配や不便を痛感することになったのでした。
 自然災害も新型感染症の流行も、もはや何十年に一度の話ではなくなっています。備えを使う日は来るものだと考えを根本的に改め、実際に使う場面をリアルに想像して、今ひとたび、見直したいと考えています。
 そんな私の現状でも、唯一、堅実に備えているのが国民年金基金。と言いたいところですが、実は災害時の備えと同様、使う場面をリアルに想像してプランと口数を見直す必要がありそうです。なぜなら夫の厚生年金を当てにしたプラン設計になっているものですから。2020年のうちに備えあれば憂いなしを実践したいと思います。

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陽だまり 2020 No.48より