国民年金基金と私のキャリアの転機
東京弁護士会会員 奥村 浩子

 私が国民年金基金に加入したのは、リーマンショック後、勤務先であった外資系証券会社が日本市場から撤退したことがきっかけでした。会社の日本撤退に伴い、私は退職を余儀なくされ、同時に厚生年金からも脱退することとなりました。当時私は40代半ばであり、金融業界からの引退も視野にいれている時期でしたので、大きな転機となりました。

 おそらくその頃は、個人型確定拠出年金(現在のiDeCo)という制度自体はすでに存在していたものの、加入対象者が限られており、制度の認知度や使い勝手の面でも、まだ一般的な選択肢とは言えなかったように思います。そのような状況で老後に備える手段としては、自分で投資するか、個人年金保険に加入するか、あるいは国民年金基金に加入するかといった選択肢が現実的でした。

 証券会社に勤めていた私は、日々のフロント業務を通じて、投資の世界の華やかさだけでなく、その難しさや厳しさを強く感じていました。投資で成功するには、市場を調査し投資対象を見極め、絶えず変動するマーケットの動きに的確に対応し続ける必要がありますが、投資に24時間向き合っているプロのトレーダーでさえ失敗することは珍しくありません。退職後にロースクールに入学することにした私は、十分に投資に時間を割くことができないのはもちろんのこと、たとえ真剣に取り組んだとしても、成功できるとは到底思えませんでした。であれば、「投資に失敗した場合に備える保険」として、安定した収入が見込める制度を併せて持っておく必要があると考えるようになりました。

 そのような背景から、私は国民年金基金に加入することを選びました。掛金が全額所得控除の対象となり、節税効果があるという実利的なメリットもありました。基金の運用は、十分に投資機会を生かしているとは到底言えない面もありましたが、年金などの社会保障制度は、基本的には「保障」として機能するべきものであり、比較的リスクが低いと考えていました。

 一時期、年金制度に対する不安をあおるような新聞記事や報道が目立ちましたが、それらに対しては、年金を払い込まないことに伴うリスクの評価が十分でないという違和感を持っていました。制度の持続可能性について冷静に議論することと、不安を煽ることとは別物です。自分の将来設計においては、「自分が投資するよりは、基金に預けるほうがまだましではないか」と思ったこともあります。

 また、長生きリスクに備えるという観点からも、終身で給付される年金という仕組みの安定性に大きな意義を見出しており、自己運用による資産形成とのバランスを取るうえで、国民年金基金は最適な選択肢の一つだと考えたのです。

 幸いなことに、私は司法試験に合格し、弁護士としての道を歩み始めました。弁護士という職業は、働き方の自由度が高い一方で、将来的な収入や生活の見通しを自ら設計していかなければならない職業でもあります。開業後も個人で活動する限り厚生年金に加入することができないうえに、仕事も多忙で投資に割く時間もなく、正直に言えば投資自体に強い興味もなかったため、iDeCoは開始せず、弁護士国民年金基金を継続しています。

 年金制度は、社会の制度としての安定性と、個人の人生設計の中での柔軟性が求められます。特に私のように、途中で職業を大きく転換した者にとっては、いかにして老後の備えを柔軟に組み立てられるかが重要な課題となります。その意味でも、国民年金基金という制度の存在は、フリーランスや個人事業主にとって非常に意義深いものであると思います。

 最近ではiDeCoやNISAといった制度も整備され、選択肢は広がってきています。しかしその分、「どの制度を、どのように組み合わせるか」という判断が、より個人の責任に委ねられるようにもなっています。今後、制度の理解を促進するための支援や、世代間を超えた情報共有の場も必要になるのではないかと感じています。

 そこで、仕事が忙しく投資のことなど考えている暇がない、あるいは投資について考えるのが少し面倒だと感じている方にとっては、弁護士国民年金基金は、有力な選択肢の一つです。国民年金基金やiDeCo、NISAなど、まだどの制度も始めていないのであれば、まずは国民年金基金に加入し、時間ができたら他の制度も検討すればよいのではないかと思います。

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陽だまり 2025 No.53より